HCD-Net関西支部3イベント同日開催@大阪

束の間の休息を有意義に過ごすべく、HCD-Net関西支部が主催する「70デザイン項目基礎講座」「人間工学基礎講座」「人間中心設計専門家サロン」の三本立てイベントに参加してきた。グランフロント大阪に入り浸るヘヴィな一日となった。

10:00~12:00 「70デザイン項目基礎講座」
13:00~15:00 「人間工学基礎講座」
15:30~18:00 「人間中心設計専門家サロン」

最初の2つは「人間工学の泰斗」として知られる山岡教授の講義で、特に「70デザイン項目基礎講座」についてはHCD-Netのイベントとして幾度となく取りあげられている。
毎度ながら、70項目を話しきるには時間が足りない問題と、人間の長期記憶がそれほど正確ではない性質から、聞く度に新しい発見がある。
新鮮な発見ではなく、単に私が忘れていただけではないのか?と言われると反論できないので、次回に振り返れるようblogにストックしておく。


制約条件で絞りフレームワークで解く

前後の講座「70デザイン項目基礎講座」「人間工学基礎講座」で伝えられるノウハウに違いはあれど、なぜそれを学ぶのか?どう活かすべきか?という根底にある山岡先生イズムは共通しており、ぶっ通し4時間と言っても過言ではない講義だった。

最も強く山岡先生イズムを感じるのは、最初にコンセプトを固めてから制約条件を絞り込んで進める考え。ここには、デザイン思考ワークショップにありがちな広範囲のアイデア出しへの批判を含んでいる。
すなわち、制約を満たさない範囲にアイデアを出しても棄却されて無駄になるので、有効な範囲を決めて密度高くアイデアを出す方が効率的だという主張。

もう一つ山岡先生イズムとして印象に残ったのは、フレームワーク思考は一般人でも再現できるのが良いということ。デザイン思考(というかHCD)はISO化まで漕ぎつけたとは言え、独人的で限られた人にしか実践できないという批判を含んでいる。普通のメーカーに働く普通のサラリーマンが実践しようとしたら、70デザイン項目や人間工学の中で語られるフレームワークを活用する方が堅実という主張。


私が問いを持ったこと

講義を聞いて問いを持ったことを書き記す。一部は質疑応答で解決したものもある。実は私の考えが的外れだったり、実は違っていないと後から判明するかもしれないので、せっかくなので外化しておく。


未来の技術に対処できるのか?

制約条件から考え出すと、未来のサービスをつくるべく技術ロードマップを描いて進める長期スパンの課題には対処できないのでは?という疑問を持った。例えば、電気自動車で自動運転が実現できる未来のサービスを考えようにも、現状の技術では実現できることを制約にすると、発想のジャンプが無くツマラナイものになる。

これに対しては、質疑応答の中で解決できた。つまり、「技術の専門家を集めれば5年後10年後のトレンドは予測できるよ!」「残った不確実さは制約をゆるめて考えればよいよ!」とのことであった。納得。


属人的は悪なのか?

企業への導入を視野に入れると、プロセス化できない属人的なものは悪だから、山岡先生の提唱する考え方が受け入れられるのは言うまでもない。
ただ、UX KANSAIの連続セミナーでは、UXデザインがそもそも難しくて一朝一夕では出来ないと認めた上で、じわじわと学びを積み重ねて実践できる人になろうというスタンスで進めている(少なくとも私はそう考えている)。

組織のアウトプットを請け負う立場になると言う事は変わりそうだけど、少なくとも現時点では属人的だろうが難しいことを実践できる人を目指していたい。それは、喜多川泰先生の小説の言葉を借りると、以下のものかもしれない。
簡単に手に入るものは、簡単に役に立たなくなる
私の勝手なイメージとして、プロセス化するとみんなが満遍なく70点を取ることが出来るようになり、あたりまえ品質の担保には役立つと思う。ただ、世の中にある魅力的なものは、一部の変人の属人的なやり方で120点を叩きだしたものにも思える。
一連のライフサイクルに照らし合わせて、自分なりの考えを整理を試みる。既に軌道に乗ったサービスを延命させるフェーズでは、確実さを重んじてヒットを狙うべくフレームワーク思考が適しているのではないか。新しいサービスを立ち上げるフェーズでは失敗して失うものが無いので、確度を高めるに越したことはないにせよ、属人的であれホームランを狙って空振りして良いのではないか。

追記:既存の産業では70点を確実に取ることすら実践できておらず運任せなこと、フレームワーク思考は120点を狙うものではないこと、別の学びが必要であることを水本さんから補足いただきました。ありがとうございます!!


仮説形成に対するアプローチは?

講義で聴いた「70デザイン項目」「人間工学」とも、作ったサービスを仮説検証にかける前に、先手必勝で精度の高い設計をするためのノウハウのように思えた。
ユーザビリティテストを回してみると、UIやHMIの問題点は浮き彫りになるんだけど、知識として知っておくと転ぶ前に前倒しでイケてるデザインができる。

でも、サービスデザインする上で最も難しいのは、仮説形成であるように思える。「最初にきっちりコンセプトを決めてから絞るべし!」「漠然と行き先をアメリカと決めるのではなく、シアトルなのかニューヨークなのかまで決めるべし!」に対して、それが難しいから困るんじゃないか?と思った。
日本発であるW型問題解決では前半にある仮説形成に対して、人間工学はどのようなアプローチを与えてくれるのか?

こちらも質疑の中で教えていただいた。仮説形成に役立つ観察をするにしても、70デザイン項目や人間工学を知っておかなければ、せっかく観察しても見落としてしまうので知っておかねばならない。
山岡先生の最も売れた本が観察であったり、日本の行動観察界隈で有名なアノ方の師匠でおられたりするので、こちらについても学び進めたい。


実際にデザインできるの?

70デザイン項目をざっと眺めると簡単便利なものに偏っていて、人の感情といったUX的な観点は薄いのかな?という印象を持った。でも、よく見返すと「楽しさ」という項目が入っていて、考慮されているようにも思えた。
すると、次の問いが生まれる。チェックポイントのように「楽しさ」という項目が入っているとして、具体的に何をどうすれば「楽しさ」を与えられるデザインへと落とし込めるのか?答えが得られるのだろうか?ということ。

この辺りは、講義の時間が足りないだけで、書籍まで読み進めば秘伝の技が得られるのかもしれない。ただ、チェック項目を頭の中に入れて身の周りから情報収集することで、デザインパターンを頭の中に蓄えやすくなるという意味で、70デザイン項目を知っておかなければならないのかもしれない。


宗教性の違い?

これまで私は、「認知工学」は人間の情報処理や心理的な側面に着目する学問で、「人間工学」は人間の生理的な側面に着目する学問だと理解してきた。←その理解が誤っていることを講義から学んだ。
すなわち、人間工学は生理のみならず認知についても対象にする。これまで日本国内では生理的な研究テーマを持つ先生が多いために持たれた印象だそうな。

では、人間工学を正しく理解しなおしたところで、「人間工学会とヒューマンインタフェース学会は何が違うの?」「人間工学専門家と人間中心設計専門家は何が違うの?」という住み分けがますます分からなってくる。
ちょうど「人間工学専門家サロン」と「人間中心設計専門家サロン」が壁を隔てて隣の部屋で開催されていたのだけど、何が違うかったんだろうか。

それらコミニュティの門を叩く人は、「誰かを幸せにする持続可能なサービスを産み出したい」という要求を持っていて、最終的に得られるものは本質的には何も変わらないのかもしれない。まさに宗派の違い。
コミニュティは「どんなサービスを提供してくれるのか?」という比較検討の的になる。我々のUX KANSAIが、HCD-Netと何が違うんだろうか?という問いにも跳ね返ってくるように思えた。

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