想い出がいっぱい

この度、転職するにあたって繰り返し送迎会を開いていただき、「あんなこともあったな」という古い話をいくつか思い出した。せっかくなので、振り返りとしてストックしておく。当時は辛い気持ちもあったけど、時間が経つと楽しい想い出に美化されるから不思議。

軽自動車に腕押し

私が初めてフルモデルチェンジ製品を担当した時のこと。社内ソフトウェア技術者にはコードを書かせず丸投げするメーカーもあるところ、入社当時の私はデバッグルームの人々と一緒にひたすらコーディングしていた。製品の一部分とは言え、SEとPGを両方ともこなすのは体力的にキツく、夜は終電を逃すようになって、自家用車で来ることも増えた。

例にもれず帰りが遅くなったある日、同僚に「今日は車で来てるから送ったるわ」と言い、ショッピングモールの駐車場まで一緒に歩いた。しかし、イグニッションを回してもまったくエンジンがかからない!見たところ、トンネルで付けたヘッドライトを消し忘れていたようで、軽自動車のバッテリーが上がってしまっていた。

電車も無いので絶望したのも束の間。そういえばバイクだったら押し掛けするよな!マニュアル車だし出来るかも!?と思いついた。ドアを開けた軽自動車のフレームに肩をかけて、2人で軽自動車を押した。人気の無い真夜中のショッピングモール駐車場で、斜め方向の一番長い直線を狙ってニュートラルのまま走り、運転席に乗り込んでクラッチ切って3速に入れる。

しかし、ガコン!という音と共に、軽自動車は止まってしまう。何度やってもエンジンはかからず、誰もいなくなった駐車場で体力を使い果たして再度絶望した。


県境シートベルト事件

国内の共同研究先まで開発した試作機を搬入するにあたって、みんなで社用車に装置を載せて、最も下っ端だった私がハンドルを握って出発した。高速道路を走り県境のETCを突破しようとした時のこと、大きな旗を持った警察官が車の前に立ちはだかり、急いでブレーキを踏んだ。検問か何かだろうか?素直に誘導されるまま車を脇に寄せて話を聞いた。

言われるがままに免許を出すと「この度、道路交通法が変わって後部シートベルトでも違反を取ることになりました」という説明とともに、白切符を切られた。言われてみればその時、後部座席に座っていた部長(今は本部長)が、前に乗り出して助手席の先輩にノートPCのディスプレイを見せながら話をしようとしていた。
白切符による罰金は無かったものの、ゴールド免許が遠のいた私は出張往路にして意気消沈した。後部座席でシートベルトをしていなかった部長は、「ごめんごめん。今日はビール奢ったるから。」と慰めてくれた。

結局、確かにビール奢ってもらったけれど、出張中に私が怒られる発言をしたせいで朝の3時くらいまでご指導をいただくことになった。ちなみに怒られた原因は、ソフトウェアの振る舞いに関して「何故そうなってるんだ?」と聞かれて、私が「チームで承認の降りた仕様ですよ」と答えた事に対しての指導だった。
私が答えたのはプログラマーとしてバグなくつくる検証の観点で、部長が求めていたのはお客様にとってイケてるかという妥当性の観点だった。今思えば、心を入れ替えてユーザー中心に関心を持つきっかけになった出来事かもしれない。


県警襲来事件

開発のお仕事をしていると、いきなり自分を訪ねてくる人はいない。委託協力会社や営業の売り込みはあるけれど、大抵はアポを取って来てくれる。そんな平和だったある日のこと、いきなり受付から内線があり「XX県警から来客です」という連絡を受けた。何かの間違いではないか?同じ苗字の別人ではないか?と聞き返したけれど、間違いではなかったらしい。いよいよ自分が行くしかなく、何か悪いことをしたのか思い出しながら受付に向かった。

内容を聞くと、既に半年以上は過ぎていた上述のシートベルト事件の話題だった。白切符を切った時点では法律が施行されていなかったので、白切符を取り下げてくれるというお知らせのために、わざわざ来てくれたようだ。
「今回は点数を返してあげますが、今はもう施行されているので、以後気を付けなさい」的な言いっぷり。冷静になって席に戻ると「何やねん!」という気持ちが湧いてくる。わざわざ何県も超えてくるとは、外に出張したかっただけちゃうんかい!という後日談までセットで良い想い出になった。


アイアンパウダー事件

初めての海外出張でイギリスに行った時のこと。出張が決まったのが年末で、年始から飛び立つ旅程と、営業日で見ると3日くらいしかなく、初めてなのでアタフタしていた。母親が特に心配していて、寒いんだからちゃんと準備しなさいと、使い捨てカイロを大量に持たせてくれた。「かさばるし要らない」と言うも、「いいから持っていきなさい」とスーツケースに詰め込まれた。

確か、ロッテルダムかどこかの乗り換えだったと思う。ビジネスクラスの先輩方は早めに荷物を引き上げるも、エコノミーの私の荷物が出てこず、乗り換えがギリギリに迫ってくる。
直後、個室に呼び出されて「これは何だね?」と質問を受ける。X線の画像を見せられて、充電ケーブルと使い捨てカイロのシルエットが実に爆弾っぽく見えることを理解した。何もやましいことは無かったので、内容物を取りだして「使い捨てカイロ」について説明しようとする。
英語で何て言うんだ?と辞書を引きながら説明する私に、先輩方も「時間が迫ってるんだから捨てて行けよ!」とイライラし始めた頃、なんとか説明が通じて通してもらえて乗り換えにも間に合った。

後日談として、同行した先輩によって話に尾ひれが付き、私がメタルのポーズで「アイアンパウダー!」と言い放って荷物検査を強行突破したという話に置き換わって伝わっている。←多分そんなことは言ってない。


ドンペリの宴

私にとって初めてのフルモデルチェンジとなる大規模プロジェクトの開発を終えた、開放感が凄かった。打ち上げと称して、お世話になった委託協力会社とご一緒に飲みに行く。話の流れで「バニーバー」というウサギ耳のおねいさんが横について接待してくれる店に行くことになった。

テンションが振り切ってしまった先輩Aと先輩Bが競い合うように「みんな!俺について来い!」と言い放ちながら、ドンペリやモエシャンを入れる。確かにメニューには書いているものの、バニーバーでシャンパンを頼む人なんていないので、ウサギさん達も「これ、開けたことない...」と苦戦するくらいだった。私も巻き込まれて、モエシャンを空けることになった。数万一気に飛んでった。

「こんなことは10年に1度しかないんだぞ!」と言う話だったけれど、先輩と言えばドンペリという印象が付いて、イベントあるごとに(私の送迎会でも)モエシャンを振る舞ってくれた。


髪型の乱れは風紀の乱れ

配属になって初日だったと思う。お昼休みに目の前の先輩がケリーキングモデルのギターについて話していたので、私も「スレイヤーですか!私も少しばかりメタル好きなんです!」と食いついた。すると、「メタルに少しは無い!!」と返された。そんな出会いがあって、それ以来は10年近く社内メタルバンドをやってきた。

ライブでは目立つべしということで、スキンヘッドにしてみたり、モヒカンにしてみたり試行錯誤してきた。問題は、ライブ後にサラリーマンとして出社することを考慮に入れないといけないこと。
美容院でモヒカンにしてもらって、ライブ後に切り落としてもらおうとしたら、「サイド分けにすれば大丈夫だよ!怒られたら切ったげるから挑戦しようよ!」ということで追い返された。試しに出社すると、直接怒られることはなかった。でも、上司がその上司に怒られていたことを後から知って申し訳なくなった。

反省して、次回からはライヴ後はきちんとスキンヘッドにして出社することに決めた。同じ部署にスキンヘッドの方が2人いるので、私だけ怒られるのはダブルスタンダードだろうという勝算があった。ただ、気になったのはやむを得ずスキンヘッドにしている先輩からどう思われるか?ということだった。
恐る恐る出社すると「親近感が湧く」と言っていただけた。ハートフルな職場で良かった。


何かに打ち勝とうとして

私は「自分に負けたか?勝ったか?」を拠り所に生きてきた。長野方面の出張が続いてワイドビューしなのに乗るのが「嫌だな」と思ったら自分への敗北だけど、長野まで行くのが「楽しみ」だと思えたら勝利といった具合。
丸一週間を長野で過ごす事を「楽しみ」に変えるために、トランクにスキーウェアを忍ばせて、合間にゲレンデまで足を運んでスキーを楽しんでやろうと思い立った。

準備まではバッチリだったのが、名古屋乗換えのギリギリまでメールを打ち返していて、急いでパソコンをカバンに詰め込んで降りると、準備したトランクを新幹線に忘れてしまうミスをする。
飛行機ではよくあるロストバゲージも、新幹線では完全に自業自得だった。数日後に東京で見つかって自腹で送り返してもらう算段は付いたものの、滞在中の宿に到着する保証もなく、センドバック先には自宅を指定した。

そうすると、せっかくの準備した道具は無意味で、スーツ以外は何もない休日を過ごさねばならない。そんなことで休日が潰れては「負け」だという気持ちや、準備したものをもう一度借りるのは「負け」だという気持ちが働いた。自分ルールに従って何かに打ち勝とうとした結果、スーツでスキーを滑ることになった。

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