エスノグラフィック家族サービス in おもちゃ王国

全体的な視点でサービスデザインに取り組むには、サービス従事者にとっても満足が得られて、持続可能でなければならない。そこで、家族サービスの現場に飛び込んで、AS-ISの家族サービス従事者の生き様、哀愁、満足について調査してきた。

東条湖にあるおもちゃ王国に潜入してきた。昼過ぎに着くと駐車場が埋まっていて炎天下を歩く。

おもちゃ展示とプールの複合施設のうち、丸腰でプールに来た我々はテントの多さに圧倒される。

準備すれば安泰という訳でもない。陣取りお父さんが、テントエリア満席の表示を見て肩を落とし、電話で作戦を練り直していた。

更衣室(写真略)の床が濡れているなんて競泳人としては慣れっこだが、子供を着替えさせる状況では重労働だった。

なんとか着替えてプールに繰り出す。波のできるプールは芋洗い状態で、とても幼児を連れて入れない。

なぜ混雑したプールに子供を連れて入れないのか?というと安全な場所で遊ばせたいから。幼児用の膝下までのプールは安全そう。

時々、ヤンチャな少年達が押し寄せて、幼児の合間を走り抜けてヒヤッとする。危険が近づくと身体を入れて子供を守る。
私の少年時代は知らないおじさんに注意されただろうか。昔と比べれば最近の少年は大人しいし、他人に介入される時代でもないかという葛藤がある。

ここまで大変さが目立つが、連れてきた子供がはしゃぐ様子は嬉しい。写真を撮ってシェアするのはお約束。
私自身がシェアしたのはなぜか?家族サービスぶりアピールのほか、子供がプール苦手を克服した喜びを分かち合いたかった。

でも、一通り撮影して新たな構図が撮れなくなると、プール遊びを傍観しはじめる。目に届く範囲で子供が安全に遊んでいれば良い。

プールからあがって、リカちゃんハウスにお邪魔する。こちらもけっこう人が多い。

満員のためリカちゃん不足によるリカちゃん格差が出来る。子供教材のような「貸して」「どうぞ」を子供同士で上手く言うのは難しい。物理的な危険が無いのに、子供社会の出来事に大人が介入するべきかも葛藤がある。

最初の数分だけ写真を撮るのも一緒。これだけ皆が写真を撮るなら、肌色が映える照明色にすればいいのに。

プール上がりの眠気もあり、壁にもたれ仮眠を取る家族サービス従事者もいる。人形遊びで怪我の心配はないし、子供がリカちゃんに没頭すると本当に出る幕がない。

私もやる事がなくなり、ままごとセットのお片付けを試みるも、片付けた側からちびっ子に荒されるので心が折れる。もしこれが自宅の片付けだったら気が遠くなる。

子供が集中して遊び出すのを見て、家族サービス従事者は携帯を開きはじめる。自分の携帯も気になるが、なんとなく露骨に携帯ばかり見るのは教育上良くない後ろめたさも共感できる。

家族サービス従事者はどのようなときに満たされるのか?少なくとも、危険や不快を無くしただけで満足は得られない。自分も楽しむに越したことはないが、日頃から私自身が遊ぶことに夢中になり、子供を飽きさせる失敗をやりがち。
子供と一緒に組み立てる親子がいて、見習いたいと思った。自分の技やヒントを伝えながらも、その瞬間ごとに子供の関心を引く言葉や行動をとり、子供も一緒に作業をさせる。
子供に働きかけることで成長や想い出に貢献できれば、家族サービス従事者としてはかなり満足でないか。

写真の大切さは王国側も理解していて、セルフタイマー用の台を設置している。並ばないと順番が回ってこないので、我々もセルフタイマーをセットしている家族の背後に並んだ。
後ろに並ばれると、普段使っている携帯のセルフタイマーが焦って使いこなせない。悠長に動作確認することが申し訳なく思えてくる。まさしくこれがユーザビリティだ!
結果的には、声をかけてお互いの家族を撮影しあうことになった。子供の写真を取り慣れていて、音を立てて子供が向く瞬間に押すテクニックを実践いただき、おかげで素敵な家族写真が撮れた。

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