「福」に憑かれた男

兄貴として崇める高橋さんからオススメ頂いた『「福」に憑かれた男』を読了。合間時間ですぐに読みきれたけれど、随所に教訓が散りばめられていて油断すると読み流してしまう密度の高い小説だった。


されど作り話

これまで心のどこかで「読んだ後に知識が増える教科書と比べると、たかが作り話な小説を読んでも何も変わらない」という考えがあったのを、完全に払拭するくらい私の考えを変えた小説だった。

この本の中の出来事にも感動しつつ、感動について述べていることも示唆を与えてくれた。
「感じて動きたくなる」のが感動ですから、心の底から感動した人が何の行動も起こさずにいることなんてできません。
思い返すと、涙を誘う感動モノ作品が氾濫しているなぁと感じた時期があって、痛くて涙が出るのと同じレベルの生理現象に思えてウンザリしたこともあった。そうではなく、感動が原動力となって人を突き動かすことに意義があったんだ。

また、小説を読んで役に立つのか?を持ち出すのは愚問ながら、作者から手ほどきを受けるくらい意義があると思いなおした。
人に憑く「福の神」の視点で業務マニュアルを書くというトリッキーな設定も、実は作者の個人的な体験に由来していることが「あとがき」で判明する。本屋に訪れた作者と交流するエピソードや、本との出会いの大切さを説くことは、あとがきを読むまでもなく喜多川さん本人の想いや体験をもとにしていることが伝わってくる。
無から有は生み出せないとおりで、小説の作者が人生の中で得たインプットを教訓化して、2時間で読みきれる分量に凝縮したものだった。


マーケティングでありUXデザインでもある

主人公(福の神)が憑りついた主人が営む街の本屋が、大型書店やコンビニが近くにできるという苦境を乗り切ったやり方が、競合には出来ない自分のユニークな強みでブルーオーシャンを開拓する意味ではマーケティングっぽい。
一方で、商売する中でターゲットを「30代男性会社員」のように人の属性でスパッと切るのではなく、生身の人間に興味を持って相手を目がけて価値あるものを提供するという意味ではUXデザイン的でもある。

私にこの本を勧めてくれた高橋さんは、講師できるくらいマーケティングを極めながらUXデザインを学んでおられる。しかも、生業として街の工務店を営んでおられつつ、大手には出来ない「目の前の人の人生に興味を持ち、愛情を持って話しかける」を実践しておられる。
小説の登場人物がやっていることを「地で行く」が如く、実世界で実践する人もいることに感嘆するばかり。学ぼうとすれば小説を教科書にすることもできるんだ。


幸せになるための問いかけ

私がこの本から受けた最も大きなメッセージは以下。
考えなければならないのは、どうやって自分の欲しいものを手に入れるかではない。どうしてそれを手に入れなければならないのかである。

「UXデザイナーになりたい」といった類の夢は、それだけを目指して満たされたとしても次の不安に苛まれるだけなので、本当の夢ではないよという話。
私はUXデザイナーになるという手段によって、何を成し遂げたかったのか?という問いが突きつけられる。

元々の動機は、魅力を足すことでしか価値を訴求できず機能が増えては納期を遅らせる現状から抜け出したかった。だから、機能追加で媚びなくても欲しがられるような、マジ価値を特定することが必要と感じた。それもまだ手段であるように思える。
これまで追及してきた簡単・便利の延長線上には、技術が人の仕事を置き換える世界が待っている。未来の人は幸せなんだろうか?という漠然とした疑問が膨らんでくる。そんな未来の人間に尊厳をもたらすことに人生を費やしたい。現時点ではまだ漠然としているので、成功体験を積んで自分が喜びを見出す中から具体化させてゆかねばならない。

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